イーライリリーが開発中の注射薬。受容体(細胞の鍵穴)を3つ同時に叩く「トリプル作動薬」。
海外では第III相(TRIUMPH-1)の「80週で平均28.3%減」という数字が出て、減量幅の基準線を書き換えた。
日本でも米国でも未承認。承認申請の提出予定は2027年第1四半期で、まだ誰も正規には使えない。
結局、なにをする成分?
レタトルチド(Retatrutide、開発コード LY3437943)は、イーライリリーが開発中の注射薬です。まだ名前が定まっておらず、日本語では「レタツルチド」「レタトルタイド」とも書かれます。
体には、食欲や血糖を動かすホルモンの「鍵穴」(受容体)がいくつもあります。マンジャロ(チルゼパチド)は、そのうち GIP と GLP-1 の2つに鍵を差し込む薬です。レタトルチドはそこに グルカゴン の鍵穴を足して、3つ同時に回します。
たとえ話にすると、こうです。
- GLP-1 と GIP:家の「食べ物の入り口」を狭くする係。食欲を抑え、食べ物が入ってくる量を減らす
- グルカゴン:家の「暖房」を強める係。エネルギーを使う方向に働く可能性がある
つまり「入れない」だけでなく「使う」方向にも働くのでは、と考えられています。これが「痩せ薬の究極形」と期待される理由です。
なぜ海外でバズってるのか
きっかけは、2023年に New England Journal of Medicine に載った第II相試験でした。肥満のある成人に48週間投与したところ、最高用量群で平均24%前後の体重減少が報告されたのです。
そして2026年、第III相の結果が出そろって空気が変わりました。期待値ではなく実データで、減量幅の基準線が20%台後半まで押し上げられたからです。
- 2026年5月21日:TRIUMPH-1 のトップライン公表
- 2026年7月23日:TRIUMPH-2 と TRIUMPH-3 のトップライン公表
- 2025年12月:チルゼパチドとの直接比較 TRIUMPH-4 のトップライン公表(68週で28.7%減)
- 承認申請(BLA)の提出予定は 2027年第1四半期
同時に厄介な現象も起きました。承認前の物質が「Research Use Only(研究用)」という表示だけで大量に流通し、開発元のイーライリリーが2026年8月12日に販売業者6社を提訴する事態になっています。海外での「バズり」は、いま期待と闇市場の両方で膨らんでいる状態です。
で、効くの?
| 研究の段階 | 状況 |
|---|---|
| ヒト第III相 | ○ TRIUMPH-1/2/3 が主要評価項目を達成(2026年) |
| ヒト第II相 | ○ 48週で平均約24%減(NEJM 2023) |
| 動物 | ○ |
| 試験管 | ○ |
企業発表として報告されている数字を並べます。いずれも80週時点です。
- TRIUMPH-1(糖尿病のない肥満):12mg 群 平均 −70.3 ポンド(−28.3%)/9mg −25.9%/4mg −19.0%/プラセボ −2.2%。BMI 35以上を対象とした104週の延長では 12mg 群で約 −85 ポンド(−30.3%)と報告
- TRIUMPH-2(2型糖尿病を併発、1,152人):12mg −20.8%/9mg −19.1%/4mg −12.7%/プラセボ −4.0%。HbA1c は実薬群で −1.4〜−1.6%
- TRIUMPH-3(重度肥満+確立した心血管疾患、1,949人):12mg −22.6%/9mg −21.6%/プラセボ −3.2%。中性脂肪 −37.0%、収縮期血圧 −9.3 mmHg も報告
- TRIUMPH-4(チルゼパチドとの直接比較試験、2025年12月発表):68週時点で −28.7%と報告
TRIUMPH-3 では主要心血管イベント(MACE-5)のハザード比が 0.82(95%信頼区間 0.55〜1.22)と報告されましたが、信頼区間が1をまたいでおり、心血管イベントを減らすと結論づけられる結果ではありません。
そして重要な但し書きがあります。これらはすべて企業のトップライン発表です。 査読を経た論文と規制当局の審査を通って初めて、効果と安全性の評価は確定します。
ヤバい点は?
- 消化器症状:悪心・嘔吐・下痢・便秘。TRIUMPH-1 では悪心が28.6〜42.4%、下痢が25.2〜34.1%と報告されています
- 投与中止率:有害事象による中止は TRIUMPH-1 で最高用量群 11.3%、TRIUMPH-2/3 では用量により3.8〜13.5%と報告されています
- 長期安全性が未確立:試験期間は80週(延長で104週)です。数年単位のデータはまだありません
- やめた後のリバウンド:GLP-1 系薬では、中止後に体重がかなり戻ることが報告されています。レタトルチドで「やめた後」がどうなるかは分かっていません
- 日本人のデータがない:日本人集団での結果は公表されていません
- 未承認:日米ともに未承認です。海外通販で「Retatrutide」として売られている粉末は、承認薬でも治験薬でもなく、中身の保証がありません。健康被害が出ても医薬品副作用被害救済制度の対象外です
- 闇市場:イーライリリーは2026年8月12日、「研究用」を掲げる販売業者・メドスパ・調剤薬局を含む6社を提訴し、通販プラットフォームと決済会社にも取引の遮断を求めました。同社の最高医学責任者は「闇市場で売られているものは医薬品ではない」と述べています
- 「レタトルチド」として売られていたのに、レタトルチドが入っていなかった実例:豪TGAが2026年9月14日に公表した警告によると、「レタトルチド」表示の未承認製品を使った患者が、制御不能な嘔吐から食道裂傷を起こし入院しました。TGAの検査ではレタトルチドは検出されず、代わりに未表示のセマグルチドが、正規品の約8倍の濃度で検出されています。別の査読研究(Drug and Alcohol Review 2026;45(6):e70231、本稿でNCBI/PMC直接確認)では、同国で売られていた別の3製品に本物のレタトルチドは検出されたものの、ラベル表示との乖離が51.3%〜190.0%にまで及んでいました。「物質自体が別物」「物質は本物だが量がずれている」の両方が確認されており、闇市場で何が入っているかは買う側には分かりません(詳しくはこちらの速報)
- 死亡報告が2件、FDAに提出されている:CBS Newsの調査報道(2026年10月13日、本稿でWebFetch直接確認)によると、闇市場の「レタトルチド」を使用した後に2人が死亡したとの報告が、FDAの有害事象報告システム(FAERS)に提出されていました。2026年7月、信頼できない入手元からレタトルチドを得た41歳女性が心停止。2026年9月には、ある登録看護師から購入先と用量を勧められた49歳の患者が、重度の脱水・栄養不良を経て心停止で死亡しています。レタトルチドが死因と確定したわけではありませんが、米国の中毒相談窓口への関連通報は2026年第1四半期の249件から第3四半期は862件まで増えています(詳しくはこちらの速報)
- 死亡者数の報道が、記事によって一致していない:米ジョージア州の地元紙アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション(AJC、2026年10月15日、本稿でWebFetch直接確認)は、FDAが2024年以降レタトルチド関連で70件超の有害事象報告を受理し、2026年単年で4件の死亡・40件の重篤例を記録しているとも報じています。これは上記のCBS Newsが報じた「2人死亡」と一致しません。両記事とも同じFAERSを根拠にしているはずですが、本稿がopenFDAで直接照合を試みたところ、未承認薬であるレタトルチドは医薬品名としての構造化データが整備されておらず、どちらが正確かを公開APIで裁定できませんでした。「何人死んでいるか」という単純な問いにさえ、報道の間で答えが揃っていない事例がまた一つ増えたことになります(同じ構造の過去の事例はこちらの解説記事)
日本と米国の今
| 米国(FDA) | 日本(PMDA/厚労省) | |
|---|---|---|
| 承認状況 | 未承認(開発段階) | 未承認 |
| 見込み | 承認申請(BLA)の提出予定は2027年第1四半期。審査期間を考えると承認は早くても2027年後半以降 | 国内での開発・申請予定は公表されていない |
| 備考 | 未承認のまま「研究用」として流通しており、開発元が法的措置を取っている | 日本語表記も「レタトルチド/レタツルチド/レタトルタイド」と揺れている |
追記(2026-09-06):業界メディアPharmacy Timesの2026年トレンド記事は、レタトルチドの承認申請時期について「2026年後半になる見込みで、承認判断は2027〜2028年になる」との見立てを示しています。これはイーライリリー自身が発表した「2027年第1四半期にBLA提出」という時期よりやや早い予想ですが、企業の公式表明ではなく業界メディアの見立てである点を割り引いて読む必要があります。本ページの見出し数字は引き続き企業発表(2027年Q1)を基準にしています。
ペプチ堂管理人の本音
僕はレタトルチドを、この分野で一番ワクワクする薬だと思っています。マンジャロが引き上げた「20%」の基準線を、実データで28%まで押し上げたからです。グルカゴンを足して「使う」側にも働かせる設計は、理屈としてきれいでしたし、第III相でそれが崩れなかった。
でも、2026年に起きたことのうち僕がいちばん重く見ているのは、数字のほうではありません。第III相が終わる前から、この物質が世界中に出回ってしまったことです。開発元が販売業者を訴える段階まで来ている。これは前例が少ない事態です。
承認前の物質を「研究用」の名目で買って自分に打つ人が増えるほど、規制は厳しくなり、正規の道は遅れます。海外で28%という数字を見て粉末に手を出す人が、この薬が日本に来る日を遠ざけている。僕はそれがもったいないと思っています。
申請は2027年Q1の予定です。あと数年待てば、答えが正規の形で出ます。僕は待つほうに賭けます。使用は勧めません。
よくある質問
Q. レタトルチドとは? A. イーライリリーが開発中の注射薬で、GIP・GLP-1・グルカゴンの3つの受容体に同時に作用する「トリプル作動薬」です。日米ともに未承認です。
Q. マンジャロ(チルゼパチド)と何が違う? A. マンジャロは GIP と GLP-1 の2つに作用します。レタトルチドはそこにグルカゴン受容体への作用が加わっています。
Q. どのくらい痩せる? A. 第III相 TRIUMPH-1(2026年)では、80週で最高用量群が平均28.3%の体重減少と報告されました。2型糖尿病を併発する群(TRIUMPH-2)では20.8%、心血管疾患を併発する群(TRIUMPH-3)では22.6%です。いずれも企業のトップライン発表です。
Q. 副作用は? A. 悪心・嘔吐・下痢・便秘などの消化器症状が報告されています。有害事象による投与中止は最高用量群で1割前後と報告されました。長期の安全性は未確立です。
Q. 日本で使うのは違法? A. 未承認医薬品であり、国内で医薬品として販売・広告することはできません。個人輸入品で健康被害が出ても救済制度の対象外です。
Q. いつ承認される? A. イーライリリーは承認申請(BLA)を2027年第1四半期に提出する予定だと発表しています。審査期間を考えると、米国での承認は早くても2027年後半以降になります。日本での申請予定は公表されていません。
関連する成分
- チルゼパチド(マンジャロ/ゼップバウンド) — 「2つの鍵穴」の現在の基準薬
- セマグルチド(オゼンピック/ウゴービ/リベルサス) — GLP-1 ブームの本流
- カグリリンチド(カグリセマ) — GLP-1 ではないアミリン系の対抗馬
- 次世代GLP-1系薬の一覧 — 同じ「次」を狙う候補たち
- チルゼパチド vs セマグルチド 徹底比較 — 承認済み「二強」の決着
- 研究用(RUO)という表示の意味
- 18本のうち、表示通りだったのは1本だけだった — 闇市場の偽造レタトルチド検査結果
- 「レタトルチド」として売られた薬に、レタトルチドは入っていなかった — 豪TGAの食道裂傷事例
- 『何人死んでいるか』という一番シンプルな問いにさえ、答えが揃っていなかった — 同じ構造の食い違いが繰り返されている理由
出典
- Jastreboff AM, et al. Triple-Hormone-Receptor Agonist Retatrutide for Obesity. N Engl J Med. 2023;389:514-526.(第II相)
- Eli Lilly and Company:TRIUMPH-1 トップライン発表、2026年5月21日
- Eli Lilly and Company:TRIUMPH-2/TRIUMPH-3 トップライン発表、2026年7月23日
- Eli Lilly and Company:TRIUMPH-4(チルゼパチドとの直接比較)トップライン発表、2025年12月(patientcareonline.com経由で本稿確認、2026-10-10追記)
- Eli Lilly and Company:レタトルチドの闇市場に関する声明と提訴の発表、2026年8月12日
- Pharmacy Times「Oral GLP-1s Expand Obesity Treatment Options in 2026」(承認申請時期の業界予想、2026年)
- ClinicalTrials.gov:TRIUMPH プログラム(第III相)
- TGA「TGA tests counterfeit retatrutide product following serious adverse event report」(2026年9月14日、本稿でWebFetch直接確認)
- Atlanta Journal-Constitution「ジョージア州内の施設によるレタトルチド宣伝実態の調査報道」(2026年10月15日、本稿でWebFetch直接確認)
- Piatkowski T, et al. “Composition and Labelling Accuracy of Products Sold as Retatrutide in Australia.” Drug and Alcohol Review. 2026;45(6):e70231.(PMID 42559975、本稿でNCBI/PMC直接確認)
- 医薬品の個人輸入のルール




