ヒューマニン(Humanin)Humanin
ミトコンドリアDNAから見つかった24アミノ酸。ヒト臨床試験はまだゼロ

結論(3行)
ヒューマニン(Humanin)とは、2001年に日本の研究チームがアルツハイマー病の脳から見つけた24アミノ酸のペプチドであり、核ではなくミトコンドリアDNAにコードされているという点で発見当時から異例の存在である。
細胞死(アポトーシス)を強力に抑える作用が細胞・動物レベルで繰り返し報告され、加齢とともに血中濃度が下がることから、長寿研究の文脈で注目されてきた。
ただしヒトを対象とした介入試験は一件も存在せず、日米いずれでも医薬品として承認されていない。
ヒューマニンとは
発見の経緯が印象的です。2001年、慶應義塾大学の西本征央らのグループは、アルツハイマー病患者の後頭葉——比較的病変が軽く、神経細胞が生き残っていた領域——から cDNA ライブラリーを作り、家族性アルツハイマー病の変異遺伝子による細胞死から細胞を救う配列を探しました。そこで釣り上げられたのが、24残基のペプチドをコードする短い配列でした。死んでいく脳の中で、生き残っていた側から拾い上げられたので、ヒューマニンと名づけられます。
異例だったのはその出どころです。この配列はミトコンドリアDNAの 16S リボソームRNA 遺伝子(MT-RNR2)の内部に埋め込まれていました。ミトコンドリアは呼吸鎖の部品を作る細胞小器官という理解が長く支配的でしたが、ヒューマニンの発見によって「ミトコンドリアがシグナル伝達用のペプチドを出して細胞や全身に指示を送っている」という概念——ミトコンドリア由来ペプチド(MDP)——が立ち上がりました。同じサイトで扱っている MOTS-c は、この系譜に続いて見つかった仲間です。
構造活性相関の研究も早期に進み、14番目のセリンをグリシンに置き換えた S14G-humanin(HNG) が、神経保護作用において天然型より桁違いに強力であることが報告されました。ヒューマニン、ヒュマニン、Humanin と表記は揺れますが、研究で使われてきたのは多くがこの種の誘導体です。
研究で分かっていること
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 細胞(in vitro) | 家族性アルツハイマー病変異やアミロイドβによる神経細胞死を抑制。IGFBP-3 や gp130 系の受容体を介する経路が提案されている |
| 動物 | 記憶障害モデルでの認知機能の保護、インスリン感受性の改善、心筋の虚血再灌流障害の軽減などを報告 |
| 動物 | 誘導体の投与が寿命・健康寿命に影響したとする報告がある |
| ヒト(観察) | 血中ヒューマニン濃度が加齢とともに低下すること、長寿家系や認知機能との関連が報告されている |
| ヒト(介入) | 該当なし。ヒューマニンやその誘導体を投与した臨床試験は確認できない |
重要な区別を一つ。ヒトのデータとして存在するのは「血中濃度を測って年齢や指標と突き合わせた」観察研究であり、「投与して何かが変わった」試験ではありません。濃度が低いことが原因なのか結果なのか、この設計では原理的に判別できません。加齢で下がるものは山ほどあり、それを補えば若返るという推論は、これまで何度も裏切られてきました。
分かっていないこと
- ヒトに投与した場合に何が起きるか(介入試験がゼロ)
- 受容体と作用機序の全体像(複数の経路が提案されているが確定していない)
- 血中濃度の低下が老化の原因なのか、結果にすぎないのか
- 経口・注射での体内動態、脳への到達性
- 細胞死を抑える作用が、がん細胞の生存を助ける方向に働かないか
日本と米国の承認状況
| 国・地域 | 状況 |
|---|---|
| 米国 | 未承認。医薬品としても、FDA が認めるダイエタリーサプリメント成分としても認められていません |
| EU | 未承認 |
| 日本 | 未承認です。国内での製造・販売・広告は薬機法の規制対象であり、健康被害が生じても医薬品副作用被害救済制度の対象外です |
既知のリスク・副作用
ヒューマニンについて、ヒトでの安全性を評価した試験は公開されていません。したがって「主な副作用は◯◯です」と書くことができません。報告がないことは安全の証明ではなく、単に調べられていないという意味です。
理論上、最も気になるのはアポトーシス抑制作用そのものです。細胞死を止める働きは、傷んだ神経細胞を救う方向にも働きますが、本来死ぬべき異常細胞を生き延びさせる方向にも働きうる。がん細胞におけるヒューマニンの役割は研究途上で、腫瘍の側で発現が上がるという報告も存在します。全身に長期投与した場合に何が起きるかは、誰も確かめていません。
現実的なリスクとしてはもう一点、流通の問題があります。国内で個人が入手する原末は製造管理の実態が確認できず、純度・不純物・実際の含有量が保証されません。24残基のペプチドは合成の難度も相応にあり、表示どおりの物質が入っている保証はどこにもありません。
海外で話題になっている理由(ペプチ堂管理人の読み)
僕がヒューマニンを面白いと思うのは、科学としての価値がきわめて高いのに、商品としての根拠がきわめて薄いという、この落差の大きさです。「ミトコンドリアDNAがペプチドをコードして細胞外にシグナルを送っている」という発見は、細胞生物学の教科書の記述を書き換える種類の仕事でした。日本発の研究であることも含め、僕は素直にすごい発見だと思っています。
ところが市場でのヒューマニンは、この発見の格の高さだけを借りて売られています。「ミトコンドリアが出す生存シグナル」「加齢で減る長寿ペプチド」——どちらも文献に基づく表現ですが、そこから「だから補えば長生きする」までの距離が、意図的に消されている。25年経ってもヒト介入試験が一本も走っていないという事実は、この距離の長さそのものを示しています。
そして僕がいちばん引っかかるのは、細胞死を抑えるという作用の両義性です。神経変性の文脈では美点になるものが、腫瘍の文脈ではそのまま欠点になる。この二面性を持つ分子を健康な人が長期に使うという発想は、僕には順番が逆に見えます。まず動物で寿命と発がんを同時に見る、それからヒトの第I相へ——研究者が踏むべき手順が丸ごと飛ばされた状態で、市場だけが先に立ち上がっている。使用は勧めませんし、勧める根拠もありません。
よくある質問
Q. ヒューマニンとは何ですか? A. 2001年にアルツハイマー病研究の中で発見された24アミノ酸のペプチドで、ミトコンドリアDNAの 16S rRNA 遺伝子内にコードされています。細胞死を抑える作用が報告されています。
Q. 長寿に効果がありますか? A. 動物での報告はありますが、ヒトに投与した臨床試験は存在しません。ヒトのデータは血中濃度を測った観察研究にとどまります。
Q. HNG(S14G-humanin)とは何ですか? A. 14番目のアミノ酸を置換した誘導体で、神経保護作用が天然型より強いと報告されています。研究で用いられてきたのは主にこうした誘導体です。
Q. MOTS-c とはどう違いますか? A. どちらもミトコンドリアDNA由来のペプチドですが、配列も由来遺伝子領域も異なります。ヒューマニンは細胞死抑制、MOTS-c は代謝制御の文脈で研究されてきました。
Q. 日本では違法ですか? A. 未承認であり、国内での製造・販売・広告は薬機法の規制対象です。承認薬ではないため副作用被害救済制度も適用されません。
関連する成分
- MOTS-c — 同じミトコンドリア由来ペプチドの代表格
- SS-31(エラミプレチド) — 臨床試験まで進んだミトコンドリア標的ペプチドとの対比
- エピタロン(Epitalon) — 長寿文脈で語られる別系統の短鎖ペプチド
一次情報
- Hashimoto Y, Niikura T, Nishimoto I ほか.「A rescue factor abolishing neuronal cell death by a wide spectrum of familial Alzheimer’s disease genes and Aβ」Proceedings of the National Academy of Sciences USA. 2001.
- Muzumdar RH ら.「Humanin: A novel central regulator of peripheral insulin action」PLoS ONE. 2009.(加齢に伴う濃度低下の報告を含む)
- Yen K, Lee C, Mehta H, Cohen P.「The emerging role of the mitochondrial-derived peptide humanin in stress resistance」Journal of Molecular Endocrinology. 2013.(レビュー)
- ClinicalTrials.gov:ヒューマニンおよびその誘導体を投与する介入試験は登録が確認できない
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