No.017ミトコンドリア・長寿系

MOTS-cMOTS-c

運動の代わりになると期待されたミトコンドリア由来ペプチド

エビデンスの最高段階細胞・動物実験と、ヒトでの観察研究が中心。ヒトでの介入試験は事実上なし
米国の状況未承認。2023年に調剤用バルク原薬 Category 2 へ分類され、2026年に再評価の対象
日本の状況未承認
既知のリスクヒトでの安全性データ・長期データが存在しない
MOTS-c

結論(3行)

MOTS-c(モッツシー)とは、ミトコンドリアDNAの12S rRNA遺伝子の内部にある短いオープンリーディングフレームにコードされた、16アミノ酸のミトコンドリア由来ペプチド(mitochondrial-derived peptide, MDP)である。

細胞実験と動物実験では、AMPK の活性化を介した糖代謝の改善や、加齢に伴う身体機能低下の緩和が報告されている。

ヒトを対象とした介入試験は事実上存在せず、日本でも米国でも医薬品として承認されていない。

MOTS-c とは

MOTS-c は、2015年に南カリフォルニア大学の Lee らが報告したペプチドです。名称は「Mitochondrial ORF of the 12S rRNA type-c」に由来します。

それまで、ミトコンドリアDNAは呼吸鎖の構成要素や tRNA・rRNA をコードするだけだと考えられてきました。ところが 12S rRNA 遺伝子の内部に、さらに短いタンパク質コード領域が入れ子状に隠れており、そこから翻訳された16アミノ酸のペプチドが細胞外にも出て全身に作用する——という報告が出たわけです。核DNAだけでなくミトコンドリアDNAも「ホルモンのようなシグナル分子」を出しているという意味で、生物学的にはかなり大きな話でした。

作用の中心とされるのが AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)です。AMPK はエネルギーが枯渇したときに活性化して、糖の取り込みや脂肪の燃焼側にスイッチを切り替える酵素で、運動やメトホルミンが働くときの経路としても知られています。MOTS-c は葉酸-メチオニン回路に干渉して AMPK を活性化する、という機序が提唱されています。加えて、ストレス時に細胞核へ移行し、抗酸化応答配列(ARE)を持つ遺伝子群の発現を調節するという報告もあります。

「運動模倣(エクササイズ・ミメティック)」という言葉が付いて回るのはこのためです。ただし、この呼び名は研究者のたとえであって、運動と同じ効果が人で確認されたという意味ではありません。

研究で分かっていること

段階 内容 主な報告
細胞(in vitro) AMPK 活性化、インスリン感受性関連経路の変化、核移行による抗酸化応答遺伝子の調節 Lee ら 2015
動物(マウス) 高脂肪食による肥満・インスリン抵抗性の軽減が報告 Lee ら 2015
動物(マウス) 高齢期の投与で身体パフォーマンス指標が改善したと報告 Reynolds ら 2021
ヒト(観察) 運動後に骨格筋および血中の MOTS-c が増加したと報告 Reynolds ら 2021
ヒト(遺伝疫学) 日本人集団で MOTS-c 領域の m.1382A>C 多型と長寿の関連が示唆 Fuku ら 2015
ヒト(介入) 質の高いランダム化比較試験は公表されていない

重要なのは、表の一番下です。細胞と動物では10年分の積み上げがあり、ヒトでも「運動すると内因性の MOTS-c が増える」という観察はあります。しかし「外から MOTS-c を入れたら人間の何かが良くなった」を示した対照試験は、公表文献の範囲では見当たりません。

分かっていないこと

  • ヒトに外から投与した場合に、動物と同じ代謝改善が起きるのか
  • 内因性の MOTS-c 上昇と、外因性の投与が同じ意味を持つのか(運動でホルモンが上がることと、そのホルモンを注射することは同じではありません)
  • 長期使用時の安全性。AMPK は増殖や代謝の中枢スイッチであり、慢性的に押し続けたときの影響は評価されていません
  • 適切な用法・体内動態・血中濃度と作用の関係。ヒトでの薬物動態試験がほぼ公表されていません

日本と米国の承認状況

日本 米国
医薬品としての承認 なし(未承認) なし(未承認)
位置づけ 医薬品として承認されていないため、健康被害が生じても医薬品副作用被害救済制度の対象外 2023年に 503A 調剤用バルク原薬の Category 2(重大な安全性リスクの懸念)へ分類。2026年4月に同区分から一旦外され、2026年7月の薬局調剤諮問委員会(PCAC)で再審議の対象となった
サプリメント扱い 不可 不可

米国の動きは「安全性が確認された」という意味ではありません。2023年に Category 2 に入った19のペプチドについて、FDA が手続きを仕切り直し、専門委員会で個別に審議し直している——という段階です。

既知のリスク・副作用

ヒトでの安全性データが事実上ないため、「既知の副作用リスト」を作ること自体ができません。これは「安全だから副作用が報告されていない」のではなく、「調べられていないから何も分かっていない」という状態です。

理屈のうえで懸念されるのは、AMPK 経路を慢性的に刺激することの影響、免疫原性(外来ペプチドに対する抗体産生)、そして未承認品に共通する品質問題です。海外の未承認ペプチドは製造管理の外にあり、純度・不純物・エンドトキシンについて第三者が保証していません。

日本では未承認であり、個人輸入した製品で健康被害が生じても、医薬品副作用被害救済制度の対象外です。

海外で話題になっている理由(ペプチ堂管理人の読み)

僕がこの成分を面白いと思うのは、効きそうだからではなく、「ミトコンドリアDNAがシグナル分子を出している」という発見そのものが素直に面白いからです。教科書が書き換わる類の話で、Lee らの2015年の論文は今でも読み返す価値があります。

ただ、話題になっている理由はそこではないでしょう。「運動を模倣する」というフレーズが独り歩きしたことがすべてだと思っています。運動が体にいいことは誰でも知っていて、運動が続かないことも誰でも知っている。そこに「運動と同じスイッチを押す分子」というコピーがはまった。英語圏のバイオハッカー界隈で MOTS-c が語られるときの文脈は、ほぼ例外なく「運動の代替」です。

でも、Reynolds らの2021年の報告が示したのは「運動するとヒトの筋肉で MOTS-c が増える」であって、「MOTS-c を入れれば運動したことになる」ではありません。この二つは論理的にまったく別の主張です。運動で上がる分子は数十種類あり、そのうち一つを外から入れても運動全体の再現にはなりません。

僕の見立てでは、MOTS-c は「科学としては本物、製品としては未完成」です。ヒト介入試験が出るまで、この評価は動かないと思っています。

よくある質問

Q. MOTS-c とは何ですか。 A. ミトコンドリアDNAの12S rRNA遺伝子内にコードされた16アミノ酸のペプチドです。2015年に報告され、AMPK 活性化を介した代謝調節に関わると考えられています。

Q. 本当に運動の代わりになりますか。 A. ヒトでそれを示した対照試験はありません。「運動するとヒトで MOTS-c が増える」という観察報告と、「投与すれば運動と同じ効果が出る」という主張は別物です。

Q. 副作用はありますか。 A. ヒトでの安全性試験が事実上ないため、副作用の頻度も種類も分かっていません。「報告がない」は「安全」を意味しません。

Q. 日本で使うのは違法ですか。 A. 未承認医薬品であり、国内で医薬品として販売・広告することはできません。個人輸入した製品で健康被害が生じても、医薬品副作用被害救済制度の対象外です。

Q. SS-31 やエピタロンとの違いは。 A. いずれも「ミトコンドリア・長寿系」に分類されますが、SS-31(エラミプレチド)はカルジオリピンに結合する合成ペプチドで米国で希少疾患に承認済み、エピタロンは松果体由来のロシア発テトラペプチドです。由来も機序もエビデンスの厚みも異なります。

関連する成分

  • SS-31(エラミプレチド) — 同じミトコンドリア系だが、米国で希少疾患に承認された唯一の例
  • エピタロン — 長寿系ペプチドの代表格。エビデンスの構造が対照的
  • グルタチオン — 抗酸化の文脈でよく並べて語られる
  • BPC-157 — 同じく動物実験先行でヒトデータが空白のペプチド

一次情報

  • Lee C, Zeng J, Drew BG, et al. Cell Metabolism. 2015;21(3):443-454.(MOTS-c の同定と代謝作用)
  • Reynolds JC, Lai RW, Woodhead JST, et al. Nature Communications. 2021;12:470.(運動誘導性と加齢モデルでの報告)
  • Fuku N, Pareja-Galeano H, Zempo H, et al. Aging Cell. 2015;14(6):921-923.(日本人集団における m.1382A>C 多型と長寿)
  • Kim SJ, Miller B, Kumagai H, et al. ミトコンドリア由来ペプチドに関する総説. Journal of Translational Medicine. 2023.
  • FDA. Bulk Drug Substances Nominated for Use in Compounding Under Section 503A — Interim Category 2 list(2023年追加、2026年再評価)
  • FDA. Pharmacy Compounding Advisory Committee(PCAC)2026年7月会合 議題資料

同じカテゴリの成分

本記事は研究・教育目的の情報提供です。特定の製品の使用を推奨・承認するものではなく、医学的助言ではありません。日本で未承認の医薬品は医薬品副作用被害救済制度の対象外です。執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-08-22