研究用と書いて、人に届く

アメリカでは、ジムに行けばみんな打っている ペプチドのグレーマーケットで実際に起きていること

アメリカ人の18%がGLP-1を使った経験を持ち、いま12%が使用中。一方で56%が「高くて払えない」と答えている。その差を埋めているのが、研究用と書かれたバイアルが個人に届くグレーマーケットです。何が起きているのかを、数字と一次資料で。

執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-09-20

アメリカでは、ジムに行けばみんな打っている ペプチドのグレーマーケットで実際に起きていること

アメリカの成人の18%がGLP-1を使った経験を持ち、いま12%が使っています。もう珍しい薬ではありません。

同時に、使った人の56%が「高くて負担が大きい」と答えています。この差が、正規流通の外側に巨大な市場を作りました。

そこでは「研究用」と書かれたバイアルが個人の家に届き、本人が溶かして自分で打っています。誰も品質の責任を負っていません。

「アメリカのジムに行くと、みんな打っている」

日本語圏でもこういう話を聞くようになりました。盛った話に聞こえるかもしれません。でも数字を見ると、少なくとも「ごく一部の熱心な人だけの話」ではなくなっています。

このページは、アメリカで実際に何が起きているのかを整理したものです。**入手先も、量も、使い方も書きません。**書くのは「そこで何が起きているか」だけです。

まず、どれくらい普通のことになったのか

一番確かな数字から見ます。アメリカの医療政策研究機関KFFが2025年10月27日〜11月2日に行った全国調査(成人1,350人)の結果です。

割合
GLP-1を使ったことがある18%
いま使っている12%(およそ8人に1人)
50〜64歳で現在使用中22%
女性で現在使用中15%
男性で現在使用中9%

病気を持つ人に絞ると、さらに高くなります。糖尿病のある人は57%が使用経験あり・45%が現在使用中。心疾患のある人は40%・29%。過去5年に肥満や過体重だった人は34%・23%です。

50代の同僚が5人いたら、そのうち1人はいま打っている——という規模感です。アメリカでは、GLP-1はもう「特別な薬」ではありません。

ただし注意してください。この数字は医師が処方した承認薬の話です。この後に出てくる未承認ペプチドの使用率を示す信頼できる統計は、2026年8月時点では存在しません。

お金の壁が、市場を二つに割った

同じ調査には、もう一つ重要な数字があります。

  • GLP-1を使った人の 56% が「費用の負担が大きかった」
  • 保険に入っている人でも 27% が「全額自己負担で払った」
  • 14% が「高いので今はもう使っていない」

効果は知られている。需要はある。でも払えない人が半分以上いる。

こうなると何が起きるか。需要は、正規の流通の外側にあふれます。 ここからが、いわゆるグレーマーケットの話です。

そこで何が起きているのか

2026年6月に Cureus 誌に載った総説(Hailu ら)が、この領域を学術的に整理しています。査読を通った文献としては数少ないものです。

論文は、規制の外でペプチドが手に入る経路として、こう列挙しています。

消費者向けサイト、研究用試薬のベンダー、オンラインクリニック、長寿・テストステロン系のクリニック、非公式の売り手、海外のサプライヤー、SNS経由の販売者、非公開のメッセージアプリ、そして利用者コミュニティ

そして、そこで流通するものの表示について、こう指摘しています。**「研究用限定」「人体使用不可」と書かれた製品が、実際には個人の自己使用を前提に売られている。**論文はこれを「規制のあいまいさ(regulatory ambiguity)」と呼んでいます。

流れとしては、こういう形です。

  1. 粉末の入った小瓶が、個人の家に届く
  2. 受け取った人が、自分で液体に溶かす
  3. 自分で注射する
  4. どれくらい入れるかは、掲示板や動画で共有されている手順を見て決める

**この工程のどこにも、薬剤師も医師も規制当局も入っていません。**病院で処方される薬なら当然ある品質保証・無菌性の担保・用量の管理が、まるごと抜け落ちています。

道具の面でも障壁がありません。アメリカでは注射器や溶解用の水が、処方箋なしで手に入る州が多い。最近は、粉から溶かす手間すら要らないペン型の製品も出回っていると報じられています。「難しくてできない」という物理的なハードルが、年々下がっているというのが実態です。

誰も品質を見ていない

論文はこう書いています。ある製品が「このペプチドです」と表示されていても、中身は——

表示と違う量、劣化した化合物、不純物、細菌やエンドトキシンの混入、あるいは表示とまったく別の成分

——でありうる。

ここで大事なのは、「悪質な業者がいる」という話ではないことです。制度として、誰も品質を確認する義務を負っていない。だから、まともな製品も、中身が別物の製品も、同じ棚に同じ顔で並びます。買う側にそれを見分ける手段はありません。

WHOは2024年6月、偽造されたオゼンピックについて医療製品アラートを出しています。正規流通の内側ですら偽物が入り込むのですから、外側はなおさらです。

“正規ルート”側にも、審査の甘さが見つかった

ここまでは処方箋のいらないグレーマーケットの話でしたが、処方箋を出す側にも似た問題が報告されています。Yale大学の研究チームが2026年、GLP-1系薬を扱うオンライン通販サイト49件を「覆面調査」した研究をJAMA本誌に発表しました(本稿でNCBI E-utilities経由にPMID 42406378と一次確認)。大学の公式発表によれば、45サイト(約92%)が処方箋を発行し、摂食障害の既往を尋ねたのは約半数のみだったとされています。「処方箋がある」ことと「きちんと審査されている」ことは、必ずしも同じではないという指摘です(詳細記事)。

市場の大きさについて(ここは慎重に)

「グレーマーケットはどれくらいの規模なのか」は、当然いちばん気になるところです。

ただし正直に書きます。**この市場の規模を示す、検証可能な公的統計は存在しません。**取引の性質上、誰も正確には数えられないからです。

2026年に入って、暗号資産の送金額を追跡して規模を推定した報道が複数出ています(The Hill、Becker’s Hospital Review など)。年換算で1億ドル規模に達しつつある、という数字が報じられました。ただし当サイトはこれらの記事の原文を確認できていないため、数字そのものは引用しません。「複数の媒体がそう報じている」という事実だけを記しておきます。

同じ慎重さが必要な例が、2026年4月のThe New Yorkerのペプチド特集です。「ペプチドの29%が汚染されている」という数字が同記事から広がり、同じ論調の記事が1週間で7媒体以上に増えました。ところがペプチド販売に近い立場のブログが「実は含有量のばらつきの話で、細菌汚染ではない」と反論しています。どちらの数字も一次資料まで確認できていないため、当サイトはこの29%という数字自体を引用しません。くわしくはこちら。

確実に言えるのは、こちらです。アメリカの規制当局は、この領域を放置していません。

FDAは調剤用のバルク原薬の一覧で、BPC-157、TB-500(チモシンβ4フラグメント)、KPV、MOTS-c、エピタロン、セマックス、GHK-Cu(注射)といったペプチドを、安全性の懸念がある物質として扱ってきました。2026年7月には諮問委員会がこれらの扱いを審議しています。規制の対象として名前が挙がっているという一点だけでも、この市場が無視できない大きさになっていることの傍証になります。

数字で見ても、動いていた

FDA公式ページ(2026年9月1日更新)は、コンパウンド(調剤薬局製)のセマグルチドについて有害事象報告990件、チルゼパチドについて730件超という数字を自ら公表しました。同じページは、用量ミス・保管不良による品質劣化・薬局情報の偽装・未承認の塩形・複数回使用バイアルの汚染・偽造品という6つの懸念点も列挙しています。

2026年、州が国より先に動いた

連邦のFDAが結論を出す前に、州のほうが先に「禁止」に踏み出す動きも出てきました。

  • アラバマ州:医師免許委員会が2026年5月26日、非FDA承認の「研究用ペプチド」の処方・調剤・推奨を医師・PA・認定看護師・認定看護助産師に禁止する公式通知を発出。「患者の同意書に法的効力はなく、医療提供者の責任は免除されない」とも明記しました
  • コネチカット州:司法長官が2025年5月、未処方の「研究用」セマグルチド・チルゼパチド原末を販売していた業者を提訴。州内クリニック・メドスパへの広告禁止の警告文書も送っています
  • 法律事務所Stevens & Leeの解説記事は、ニューヨーク・カリフォルニア・マサチューセッツ・コネチカット・アラバマ・ルイジアナの少なくとも6州が、2025〜2026年に独自の執行に動いたとまとめています

詳しくはこちらの速報にまとめました。

追記(2026-09-19):連邦レベルでも、大量調合を続ける側の法的な足場が一つ崩れました。米第5巡回区控訴裁判所が2026年8月27日、FDAがセマグルチド・チルゼパチドを「医薬品不足リスト」から除外した判断を適法と認める判決を下しています(本稿で判決文原文を直接確認)。コンパウンド薬局の業界団体が求めていた「品薄を理由にした大量調合の継続」という主張は、地裁に続いて控訴審でも退けられました。バルク原薬リストからの正式な除外規則自体はまだ確定していませんが、詳しくはこちらの速報にまとめました。

追記(2026-09-20):コンパウンドGLP-1薬局を対象にした2回目の覆面調査(JAMA Health Forum、PMID 42467450、コロラド大学アンシュッツ校、本稿で一次確認)で、規模の実態を示す数字が新たに確認できました。対象75施設のうち、オーラル製剤を提供していたのは9.3%、ビタミンB群を併用した製品を扱っていたのは56.0%、無菌調剤の許可を持っていなかったのは19.0%でした。なお、この調査をめぐってネット上で拡散していた「92%が合成品」等の数字は、本稿でabstractを直接確認したところ存在しませんでした。数字は出典まで遡って確認する必要がある、という教訓も含めてこちらの速報にまとめました。

日本から見るときに、間違えやすいこと

ここまで読んで「アメリカでは合法なんだ」と思ったなら、それは違います。

アメリカでも、これらのペプチドは医薬品として承認されていません。承認されていないものが、「研究用」という表示で規制の隙間を通っているだけです。合法化されたわけでも、安全性が認められたわけでもありません。

そして日本は、制度がさらに違います。

アメリカ日本
未承認ペプチドの承認なしなし
販売・譲渡「研究用」表示で流通する余地がある薬機法違反
健康被害が出たとき自己責任医薬品副作用被害救済制度の対象外

未承認の薬を個人輸入して健康被害が出ても、日本の公的な救済は受けられません。無償で人に分けることも譲渡にあたり、違法です。詳しくは医薬品の個人輸入のルールにまとめています。

ペプチ堂管理人の本音

僕は痩せ薬そのものには肯定的です。GLP-1が人の生活を変えた例を、いくつも見てきました。だから「危ないからやめろ」と一律に言うつもりはありません。

そのうえで、この状況を見ていて一番こわいと思うのは、「みんなやっているから大丈夫」という感覚が、品質の話とすり替わってしまうことです。

ジムの半分が打っていることは、その小瓶の中身が表示どおりであることを、一切保証しません。何万人が使っていようと、あなたの手元にある1本が無菌かどうかとは無関係です。使用者の数は、品質の証拠にならない。ここが混ざると、判断を間違えます。

もう一つ。アメリカでこれだけ広がった理由の半分は、効いたからではなく、高かったからです。56%が「払えない」と答えた市場の外側に、規制のない市場ができた。効果への熱狂だけでこうなったわけではありません。この構図を見ずに「海外では常識」とだけ紹介するのは、たぶん不誠実です。

僕はこのサイトで、入手先も、量も、使い方も書きません。書かないと決めています。でも「海外で何が起きているか」は、隠さずに書きます。知らないまま流されるより、知ってから判断してほしいからです。

よくある質問

Q. アメリカでは本当にそんなにペプチドが普及しているのですか? A. 承認薬であるGLP-1に限れば、KFFの2025年秋の調査で成人の18%が「使ったことがある」、12%が「いま使っている」と答えています。未承認ペプチドの使用率を示す信頼できる統計は、2026年8月時点で存在しません。

Q. なぜグレーマーケットが大きくなっているのですか? A. 同じ調査で、使った人の56%が「費用の負担が大きい」、14%が「高いのでやめた」と答えています。需要は正規流通の外にあふれます。

Q. 「研究用」と書いてあれば品質は保証されますか? A. 逆です。医薬品の規制から外れるための表示で、製造品質・含有量・無菌性について誰も責任を負わない状態になります。詳しくは「研究用」表示の意味へ。

Q. 日本でも同じことができますか? A. できません。制度が違います。販売・譲渡は薬機法違反で、健康被害が出ても救済制度の対象外です。

Q. ペプチ堂はこれを勧めていますか? A. 勧めていません。このページは事実を伝えるためのものです。

関連リンク

出典

本記事は研究・教育目的の情報提供です。医学的助言ではありません。最終更新:2026-09-20