PT-141(ブレメラノチド)PT-141 / Bremelanotide
FDAが承認した数少ないペプチド。ただし適応はEDではない

結論(3行)
PT-141(ブレメラノチド、Bremelanotide)とは、メラノコルチン受容体に作用する合成ペプチドで、性的欲求に関わる中枢神経系の経路に働きかけるとされる物質である。
米国では 2019年6月21日に FDA が「Vyleesi(バイリーシ)」として承認しており、適応は**閉経前女性の後天性・全般性の性欲低下障害(HSDD)**に限定されている。
日本では未承認であり、また男性の勃起不全(ED)に対して承認された薬でもない点は、海外での語られ方と大きく食い違っている。
PT-141 とは
PT-141 は、メラノタン II(Melanotan II)という日焼け促進を目的に研究されていたペプチドの派生物として生まれました。メラノタン II の試験中に、被験者から予期しない性的興奮の報告が出たことが開発の出発点になっています。そこから色素沈着に関わる作用をできるだけ削ぎ落とす方向で最適化されたのが PT-141、一般名ブレメラノチド(Bremelanotide、ブレメラノタイドとも表記)です。
作用点はメラノコルチン受容体、特に MC4R です。ここが重要なところで、シルデナフィル(バイアグラ)のような血管系に働く薬とはまったく機序が違います。PDE5 阻害薬は陰茎の血流という末梢の問題に介入しますが、ブレメラノチドは脳の視床下部レベルで欲求そのものの回路に働きかけるとされています。「効き方の階層」が違う薬です。
開発は Palatin Technologies が中心となり、当初は経鼻投与での ED 治療を目指していました。しかし血圧上昇の懸念から経鼻剤の開発は中止され、皮下注射のオートインジェクター製剤として、女性の HSDD 適応で承認に至っています。
研究で分かっていること
| 段階 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 第III相(ヒト) | RECONNECT 試験(Study 1: NCT02333071、Study 2: NCT02338960)。閉経前女性の後天性・全般性 HSDD が対象の二重盲検プラセボ対照試験 | FDA 添付文書、Kingsberg SA et al. Obstet Gynecol. 2019 |
| 第III相(ヒト) | 性的欲求について意味のある改善を報告した割合はブレメラノチド群 35%、プラセボ群 24% | 同上 |
| 第III相(ヒト) | 最も多い有害事象は悪心で、投与群の約 40% に発現 | FDA 添付文書 |
| 開発中止 | 経鼻製剤による ED 治療開発は血圧上昇の懸念で中止 | Palatin Technologies の開発経緯 |
数字を素直に読むと、プラセボとの差は 11 ポイントです。統計的に有意で承認に足る差ではありますが、「10人に1人強で、プラセボを超える手応えがあった」という規模感です。効く人には効く、効かない人には効かない——承認薬であっても、これがヒト試験の現実です。
分かっていないこと
- 閉経後女性での有効性・安全性(承認範囲外)
- 男性の ED に対する有効性を確立した第III相データ(ED 適応での承認は存在しません)
- 長期(数年単位)の反復投与での安全性
- 日本人集団でのデータ
- 心血管リスクを持つ集団での安全性(血圧上昇作用があるため、慎重な評価が必要とされます)
日本と米国の承認状況
| 国・地域 | 状況 |
|---|---|
| 米国 | 承認済み。2019年6月21日、Vyleesi として閉経前女性の後天性・全般性 HSDD に対し承認。皮下注射のオートインジェクター |
| 米国(適応外) | 男性の ED、閉経後女性、健常者の「性欲増強」目的は承認された用途ではありません |
| 日本 | 未承認。HSDD 治療薬自体が国内で承認されていません。健康被害が生じても医薬品副作用被害救済制度の対象外です |
| EU | 承認状況は米国と異なります。最新情報は EMA の公表資料を確認してください |
既知のリスク・副作用
FDA 添付文書に記載されている主なものは以下です。
- 悪心:投与患者の約 40%。最も頻度の高い有害事象で、初回投与時に強く出やすいとされます
- 潮紅(ほてり)、頭痛、注射部位反応
- 一過性の血圧上昇と心拍数低下:投与後数時間で起こり得るため、コントロール不良の高血圧や心血管疾患のある人には推奨されません
- 皮膚の限局性色素沈着:メラノコルチン系に作用するため。顔面・歯肉・乳房などに生じ、投与中止後も残る場合があります
- ナルトレキソンとの相互作用:経口ナルトレキソンの血中濃度を下げるため併用注意
未承認国での自己判断による使用では、これらのモニタリングも医師の関与もありません。特に血圧への影響は、自覚のないまま進行する種類のリスクです。
海外で話題になっている理由(ペプチ堂管理人の読み)
PT-141 について僕が一番言いたいのは、「FDA 承認済み」という一言がどれだけ乱暴に使われているかということです。承認されているのは事実です。しかし承認されたのは、閉経前女性の後天性・全般性 HSDD という、かなり狭く定義された病態に対してです。海外のフォーラムで語られている使われ方——男性が ED や性欲増強のために使う——は、承認の外側にあります。ここを混ぜて語ると、「承認薬だから安全」という誤った安心が生まれます。
そしてもうひとつ、この薬が示している教訓があります。それは、ペプチドが規制のプロセスをちゃんと通ると何が起きるか、という実例です。悪心 40%。血圧上昇の警告。色素沈着が残り得ること。ナルトレキソンとの相互作用。これらは全部、審査を通したからこそ数字と文書になって出てきた情報です。BPC-157 や TB-500 のような未承認ペプチドについて「副作用の報告がない」と言われるとき、それは安全性が確認された結果ではなく、誰も体系的に調べていないから何も出てこないだけです。PT-141 と並べて見ると、その差が一目で分かる。
僕は誰にも使用を勧めませんが、この成分がこのサイトに載っている意味は大きいと思っています。承認されたペプチドの姿を一度見ておくと、承認されていないペプチドの情報がどれだけスカスカかが、感覚として掴めるからです。
よくある質問
Q. PT-141 とは何ですか? A. メラノコルチン受容体(主に MC4R)に作用する合成ペプチドで、一般名はブレメラノチドです。米国では Vyleesi の商品名で承認されています。
Q. FDA 承認済みなら安全ですか? A. 承認は「特定の適応・用法において、ベネフィットがリスクを上回ると判断された」という意味であり、無条件の安全性を意味しません。実際に悪心が約40%に生じ、血圧上昇や色素沈着の警告があります。
Q. 男性の ED に使えますか? A. ED 適応での承認はありません。経鼻製剤による ED 開発は血圧上昇の懸念から中止されています。
Q. 日本で処方してもらえますか? A. 日本では未承認で、HSDD 治療薬自体が国内承認されていません。個人輸入品には副作用被害救済制度が適用されません。
Q. バイアグラとどう違うのですか? A. 作用する場所が違います。PDE5 阻害薬は末梢の血流に、ブレメラノチドは中枢の欲求回路に働くとされています。
関連する成分
- キスペプチン(Kisspeptin) — 性ホルモン分泌の上流を担うペプチド
- セマックス(Semax) — 同じくメラノコルチン受容体への結合が示唆される中枢系ペプチド
- グルタチオン — 承認薬でありながら、承認外の用途で語られるもう一つの例
一次情報
- U.S. FDA:VYLEESI (bremelanotide injection) 添付文書(Initial U.S. Approval: 2019)
- Kingsberg SA, et al. Obstetrics & Gynecology. 2019.(RECONNECT 第III相試験)
- ClinicalTrials.gov:NCT02333071 / NCT02338960(RECONNECT Study 1 / Study 2)
- FDA ニュースリリース:閉経前女性の HSDD に対する新規治療薬の承認(2019年6月21日)
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