No.026回復・筋肉系

VIP(血管作動性腸管ペプチド)VIP (Vasoactive Intestinal Peptide)

本物のホルモン。作用が強すぎて、薬にするのが難しかった

エビデンスの最高段階内因性ホルモンとしては確立。治療薬としては大規模第III相で主要評価項目未達
米国の状況全身投与のVIP製剤は未承認。COVID-19 での緊急使用許可は却下(2021年)
日本の状況未承認
既知のリスク強力な血管拡張作用による低血圧・頻脈・顔面紅潮・下痢
VIP(血管作動性腸管ペプチド)

結論(3行)

VIP(血管作動性腸管ペプチド、vasoactive intestinal peptide)とは、1970年に Said と Mutt がブタ小腸から血管拡張活性を指標に単離した28アミノ酸のペプチドホルモンである。

腸管神経系、中枢神経、肺、免疫細胞に広く分布し、VPAC1・VPAC2 という2つの受容体を介して血管拡張、気管支拡張、消化管の運動・分泌調節、免疫調節、概日リズムの制御に関わる内因性の分子である。

合成品はアビプタジル(aviptadil)と呼ばれ、フェントラミンとの配合注射剤が欧州の一部で勃起不全に承認されている一方、COVID-19 の急性呼吸不全を対象とした大規模ランダム化試験は主要評価項目を達成しなかった。

VIP とは

VIP は、ペプチドホルモン研究の古典に属する分子です。1970年、Said と Mutt が、ブタの小腸壁から「血管を拡張させる活性」を指標に精製して取り出したのが最初でした。当初は消化管ホルモンとして発見されましたが、その後、腸管神経系の主要な神経伝達物質であり、脳(視交叉上核)にも存在し、肺や免疫細胞にも働く、はるかに広い分子であることが分かってきました。

受容体は VPAC1 と VPAC2 の2種類で、いずれもGタンパク質共役型、cAMP を上げる方向に働きます。作用は多彩です。血管平滑筋を弛緩させて血圧を下げる、気管支を広げる、腸の分泌を促す、肺サーファクタント産生に関わる、免疫応答を調節する、体内時計の同調に関わる。

臨床的に重要なのは、VIP が過剰になったときに何が起きるかが、すでに人間で分かっている点です。VIP を産生する内分泌腫瘍(VIPoma)では、大量の水様性下痢、低カリウム血症、無胃酸症(WDHA 症候群)が起きます。VIP が薬理量で全身に回るとどうなるかを示す天然の実験です。なお合成 VIP はアビプタジル(aviptadil)という一般名で呼ばれます。

研究で分かっていること

段階 内容 主な報告
単離・同定 ブタ小腸から血管拡張活性を指標に単離。28アミノ酸 Said & Mutt Science 1970
承認薬 アビプタジル+フェントラミンの海綿体注射(Invicorp)が英国など欧州の一部でED治療薬として承認 各国の医薬品規制当局
ヒト第II相 サルコイドーシス20例に吸入 VIP を4週間投与するオープンラベル試験。忍容性良好で、気管支肺胞洗浄液細胞の TNF-α 産生が有意に低下 Prasse ら Am J Respir Crit Care Med 2010
ヒト第III相 COVID-19 の低酸素性呼吸不全を対象とした ACTIV-3b/TESICO 試験。静注アビプタジルは90日までの臨床転帰でプラセボに勝てなかった Lancet Respir Med 2023
規制 FDA は2021年11月、重症 COVID-19 に対する ZYESAMI(アビプタジル)の緊急使用許可を却下。2022年には画期的治療薬指定も認められなかった FDA/企業発表
その他 肺高血圧症やサルコイドーシスで探索が続くが、承認に至った全身投与製剤はない

目を引くのは、承認されている使い方が「局所(陰茎海綿体)に打つ配合剤」だけだという点です。VIP は生理活性が強すぎるため、全身に投与すると血圧が下がりすぎる。効かせたい場所だけに届けるか、吸入で肺に限定するかという工夫が要る。薬にしにくい理由が、そのまま製剤の形に表れています。

分かっていないこと

  • 全身投与で臨床的な利益が得られる疾患があるのか。TESICO の結果は、少なくとも COVID-19 の呼吸不全については否定的でした
  • 吸入投与の位置づけ。サルコイドーシスの第II相は免疫学的指標を動かしましたが、症状や肺機能といった患者にとって意味のある指標での検証は進んでいません
  • 長期投与時の安全性。VIPoma の病態から見て、慢性的な過剰曝露は望ましくありません
  • 「慢性炎症反応症候群(CIRS)」に対する経鼻 VIP の有効性を支持する質の高い試験はありません

日本と米国の承認状況

日本 米国
医薬品としての承認 なし(未承認) 全身投与のVIP/アビプタジル製剤は未承認
COVID-19 2021年11月に緊急使用許可(EUA)を却下。2022年に画期的治療薬指定も却下
欧州 アビプタジル+フェントラミン配合の海綿体注射(Invicorp)が英国など一部で承認
救済制度 健康被害が生じても救済制度の対象外

アビプタジルは希少疾患を対象としたオーファンドラッグ指定を複数受けていますが、指定は「開発を後押しする制度上の地位」であって承認ではありません。混同されやすい点です。

既知のリスク・副作用

VIP の副作用は作用そのものの裏返しです。強力な血管拡張により低血圧、反射性頻脈、顔面紅潮、頭痛が起こりえます。消化管では分泌が亢進し、下痢を招きます。VIPoma の WDHA 症候群は、この延長線上にある病態です。

海綿体注射の配合剤では、局所の疼痛、紅潮、まれに持続勃起症などが知られています。静注では血圧低下の管理が必要なため、COVID-19 の試験でも入院・監視下で投与されました。「自宅で自己注射する」類の分子ではない、というのが最も実務的な要点です。

日本では未承認であり、個人輸入品で健康被害が生じても医薬品副作用被害救済制度の対象外です。

海外で話題になっている理由(ペプチ堂管理人の読み)

VIP をめぐる話題では、性格の異なる二つの流れが混ざっています。一つは COVID-19 です。2020〜2021年、アビプタジル(RLF-100/ZYESAMI)は「重症コロナの切り札」として大量の報道と株価の物語を生みました。理屈は悪くありません。VIP は肺のII型肺胞上皮細胞に多い受容体に結合し、サーファクタント産生を保ち、炎症を抑える——重症 ARDS の病態にきれいに当てはまる仮説です。しかし FDA は2021年に緊急使用許可を却下し、2023年の ACTIV-3b/TESICO は静注アビプタジルがプラセボに勝てなかったことを示しました。仮説の美しさと臨床効果は別、という教科書的事例がまた一つ増えたわけです。

もう一つは、英語圏の一部で語られる「慢性炎症反応症候群(CIRS)」の文脈です。水害建物由来のカビ毒曝露で VIP が低下するとされ、経鼻 VIP が治療として提唱されてきました。根拠として引かれる報告は査読基準の緩い媒体に載ったものが中心で、対照試験の水準に達していません。ここは VIP の科学とは切り離して見るべきです。

僕の評価はこうです。VIP は当サイトで扱う成分の中でもっとも「本物のホルモン」に近い。作用機序は明確で、受容体も同定され、過剰になったときに何が起きるかまで人間で分かっている。にもかかわらず、あるいはそれゆえに、薬にするのが極めて難しい。半減期が短く、血圧を下げすぎ、標的臓器だけに届けるのが困難だからです。承認されているのが「陰茎に直接打つ配合剤」だけという事実が、すべてを語っています。

よくある質問

Q. VIP とは何ですか。 A. 1970年にブタ小腸から単離された28アミノ酸のペプチドホルモンです。血管拡張、気管支拡張、消化管の分泌調節、免疫調節などに関わり、合成品はアビプタジルと呼ばれます。

Q. COVID-19 に効きますか。 A. 2023年に Lancet Respir Med に報告された ACTIV-3b/TESICO 試験では、静注アビプタジルはプラセボに対して臨床転帰を改善しませんでした。FDA も緊急使用許可を却下しています。

Q. 承認された薬はありますか。 A. アビプタジルとフェントラミンの配合による陰茎海綿体注射剤が、英国など欧州の一部で勃起不全に承認されています。全身投与の製剤は米国でも日本でも未承認です。

Q. 副作用はありますか。 A. 低血圧、頻脈、顔面紅潮、頭痛、下痢など、強い血管拡張作用と消化管作用に由来するものが知られています。

Q. カビ毒による体調不良(CIRS)に使われると聞きました。 A. そうした用途が海外で提唱されていますが、質の高い対照試験による裏づけはありません。承認された適応でもありません。

関連する成分

  • KPV — 炎症を抑える方向に働くペプチド。こちらはヒトデータが空白
  • LL-37 — 免疫系ペプチド。ヒト試験で主要評価項目を外した点が共通する
  • チモシンα1 — 承認薬でありながら大規模試験で結果が出なかった、似た構造の事例
  • PT-141 — 性機能の文脈で語られるが、機序も承認状況も異なる

一次情報

  • Said SI, Mutt V. Polypeptide with broad biological activity: isolation from small intestine. Science. 1970;169(3951):1217-1218.
  • Prasse A, Zissel G, Lützen N, et al. Inhaled vasoactive intestinal peptide exerts immunoregulatory effects in sarcoidosis. Am J Respir Crit Care Med. 2010;182(4):540-548.
  • ACTIV-3b/TESICO Study Group. Intravenous aviptadil and remdesivir for COVID-19-associated hypoxaemic respiratory failure in the USA (TESICO): a randomised, placebo-controlled trial. Lancet Respir Med. 2023;11(9):791-803.
  • FDA. 緊急使用許可(EUA)の判断に関する企業発表(ZYESAMI/aviptadil、2021年11月)
  • Scottish Medicines Consortium. aviptadil/phentolamine(Invicorp)評価資料

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本記事は研究・教育目的の情報提供です。特定の製品の使用を推奨・承認するものではなく、医学的助言ではありません。日本で未承認の医薬品は医薬品副作用被害救済制度の対象外です。執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-08-22