AOD-9604

別表記:AOD9604

脂肪だけ、手放せるのか

成長ホルモンの「脂肪分解だけ」を取り出そうとして、ヒトで再現しなかった

AOD-9604
どこまで確かめられたか
  1. 試験管・理論
  2. 動物実験
  3. ヒト試験
  4. 承認

ヒト第II相試験まで実施されたが、主要評価項目を達成できず開発中止

日本とアメリカで使えるか
JP未承認
US未承認

未承認。2024年12月の FDA 薬局調剤諮問委員会(PCAC)は 503A 収載を 0対12 で否決

知っておくべきリスク

有効性がヒトで確認されていない。長期安全性データもない

日本では未承認。健康被害が出ても医薬品副作用被害救済制度の対象外です。

成長ホルモン(hGH)の「脂肪を落とす部分」だけを切り出した合成ペプチド。GLP-1 系ではない。

海外では「副作用なしで脂肪だけ落ちる」というコピーで語られるが、ヒトの第II相で効果を示せず2007年に開発中止。

日米ともに未承認。2024年12月の米 FDA 諮問委員会は0対12で否決。

結局、なにをする成分?

AOD-9604(AOD9604)は、1990年代にオーストラリアの Metabolic Pharmaceuticals が開発した合成ペプチドです。AOD は Anti-Obesity Drug(抗肥満薬)の略で、開発コードがそのまま名前になりました。

出発点はひとつの仮説です。成長ホルモン(hGH)には「体を成長させる」作用と「脂肪を分解する」作用がある。脂肪分解に関わるのは分子の一部だけではないか、という発想です。

たとえるなら、hGH は「万能の工具セット」です。そこから「脂肪を削るノミ」だけを抜き出したのが AOD-9604。hGH の端っこ(アミノ酸 176〜191)に相当する配列に、チロシンを1つ足した構造です。

狙いは明快でした。hGH そのものを打つと IGF-1 が上がり、血糖の扱いが悪くなるなどの問題が出る。でも「脂肪を落とす部分」だけなら、副作用なしに脂肪分解だけ得られるはず——。創薬としてはきれいな物語です。問題はこの先で起きました。

なお、hGH 176-191(いわゆる「HGH フラグメント」)と AOD-9604 は英語圏でよく混同されますが、AOD-9604 はチロシンを付けた誘導体で、厳密には別物です。

なぜ海外でバズってるのか

ひとつは、スキャンダルです。2013年のオーストラリアン・フットボールリーグの薬物問題(エッセンドンの一件)で AOD-9604 が世間に知られました。禁止物質かどうかで揉めた末に、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)が「禁止表 S0 に該当する」と声明を出しています。皮肉なことに、これが知名度を作りました。

もうひとつは、コピーの強さです。「hGH の脂肪分解部分だけ」という言葉は、成長ホルモンに憧れつつ副作用を恐れる層に完璧に刺さります。物語として、あまりに出来がいい。

で、効くの?

研究の段階状況
ヒト第III相× 実施されていない
ヒト第II相× 第IIb相でプラセボに勝てず(2007年、開発中止)
動物○ マウスで脂肪組織の減少を報告
試験管○

流れを追うと、こうです。

  • 動物:hGH 177-191 をマウスに長期投与し、体重増加と脂肪組織量が減ったと報告(Ng ら、1990年代)。肥満マウスとβ3アドレナリン受容体ノックアウトマウスで、この作用が通常の hGH 受容体経路を必ずしも必要としないことを示唆(Heffernan ら、Endocrinology 2001)
  • ヒト第I相:経口投与で重篤な有害事象は報告されなかったとされる(Stier ら、2013)
  • ヒト第IIa相:小規模で、プラセボよりわずかな体重減少を報告(企業発表)
  • ヒト第IIb相:より大規模な用量比較で、どの用量もプラセボに対して有意な体重減少を示せなかった(企業発表、2007年、開発中止)

決定的なのは第IIa相と第IIb相の落差です。小さい試験で見えた差が、人数を増やした試験で消えた。創薬ではよくあるパターンで、「よくあるからこそ大きい試験をやる」わけです。AOD-9604 は、その検定に落ちました。

ヤバい点は?

  • 効果がヒトで示せていない:第IIb相の結果は「まだ分からない」ではなく「調べた結果、示せなかった」です
  • 長期安全性データがない:開発が止まった時点で、長期データそのものが存在しなくなりました
  • 「重篤な有害事象なし」の意味:第I相の話で、「短期で明らかな害が出なかった」以上の意味はありません
  • 免疫原性:外から入れたペプチドに対する免疫反応は理論上の懸念です
  • 品質の保証がない:未承認品は純度・不純物・エンドトキシン(細菌由来の毒素)について第三者の保証がありません
  • ドーピング:WADA の禁止表 S0 に該当すると声明(2013年)
  • 未承認:日本では個人輸入品で健康被害が出ても、医薬品副作用被害救済制度の対象外です

日本と米国の今

日本米国
医薬品としての承認なし(未承認)なし(未承認)
調剤(compounding)制度自体が異なり、該当しない調剤用バルク原薬のカテゴリー2に置かれた後、2024年9月時点で「指名されたが撤回された」一覧に移動。2024年12月4日の薬局調剤諮問委員会(PCAC)は「503A リストに収載すべきか」を投票し、賛成0・反対12で否決
救済制度未承認のため対象外―

PCAC の 0対12 は重い数字です。12人の委員が全員、収載を支持しなかった。理由は「レビュー対象の用途について、有効性と安全性を支持する説得力のあるデータがない」というものでした。

ペプチ堂管理人の本音

僕が一番言いたいのは、これが「痩せ系」の棚に GLP-1 と並べて置かれていること自体がおかしい、という点です。セマグルチドは GLP-1 受容体を介して食欲と胃の動きを変える薬。AOD-9604 は成長ホルモンの断片。共通点は「痩せると言われている」ことだけです。当サイトでも痩せ系に入れていますが、検索する人の頭の中の分類に合わせているだけです。

僕の評価は単純です。仮説として美しく、動物で機能し、ヒトで再現しなかった物質。BPC-157 や MOTS-c のような「データの空白」とは種類が違います。空白は埋まる可能性がありますが、否定的な結果を覆すには新しい強い証拠が要ります。

2026年現在、その証拠は出ていません。使用は勧めません。

よくある質問

Q. AOD-9604 とは何ですか。 A. ヒト成長ホルモンのC末端フラグメント(176-191相当)をもとに設計された合成ペプチドです。抗肥満薬として開発され、ヒト試験で主要評価項目を達成できず2007年に開発中止となりました。

Q. GLP-1 系の薬と同じですか。 A. 違います。GLP-1 受容体には作用しません。「痩せ系」という括りで並べて語られることが多いだけで、機序も承認状況も別物です。

Q. 効果はあるのですか。 A. 動物では脂肪代謝への影響が報告されています。ヒトでは、より大規模な第II相試験でプラセボに対する有意な体重減少を示せませんでした。

Q. 副作用はありますか。 A. 短期試験で重篤な有害事象は報告されなかったとされますが、長期安全性のデータはありません。「報告がない」は「安全」ではありません。

Q. 日本で使うのは違法ですか。 A. 未承認医薬品であり、国内で医薬品として販売・広告することはできません。スポーツ競技者の場合、WADA の禁止表 S0 に該当します。

関連する成分

  • セマグルチド — 同じ「痩せ系」だが、機序もエビデンスも承認状況もまったく異なる
  • テサモレリン — 成長ホルモン軸に働きかけ、米国で承認された数少ない例
  • イパモレリン / CJC-1295 — 同じ2024年12月の PCAC で審議され、同様に否決された
  • BPC-157 — ヒトデータが「空白」の例。AOD-9604 の「否定的結果」と対比すると分かりやすい

出典

  • Heffernan MA, Thorburn AW, Fam B, et al. 肥満マウスおよびβ3-アドレナリン受容体ノックアウトマウスにおける hGH および AOD9604 の脂質代謝への影響. Endocrinology. 2001.
  • Ng FM, Sun J, Sharma L, et al. ヒト成長ホルモンの合成脂肪分解ドメイン(AOD9604)の代謝研究. Hormone Research. 2000.
  • Stier H, Vos E, Kenley D. ヘキサデカペプチド AOD9604 のヒトにおける安全性と忍容性. 2013.
  • WADA. Statement on substance AOD-9604(2013年).
  • FDA. Certain Bulk Drug Substances for Use in Compounding That May Present Significant Safety Risks(AOD-9604 は「指名されたが撤回された」一覧に掲載). https://www.fda.gov/drugs/human-drug-compounding/certain-bulk-drug-substances-use-compounding-may-present-significant-safety-risks
  • FDA. Pharmacy Compounding Advisory Committee 2024年12月4日会合 議事録(AOD-9604 遊離塩基・酢酸塩の 503A 収載を賛成0・反対12で否決). https://www.fda.gov/media/185642/download
  • FDA. Pharmacy Compounding Advisory Committee(PCAC)2024年12月4日会合 議事録・投票結果.

同じ分類の成分

本記事は研究・教育目的の情報提供です。特定の製品の使用を推奨・承認するものではなく、医学的助言ではありません。日本で未承認の医薬品は医薬品副作用被害救済制度の対象外です。執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-08-22