『何人死んでいるか』という一番シンプルな問いにさえ、答えが揃っていなかった
セマグルチドの死亡報告数は記事によって162件・454件・986件とバラバラだった。同じFDAの公開データベースを直接照会すると232件。なぜ数字がここまで割れるのかを一次データで確認した。
執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-10-19

セマグルチドの死亡報告数について、報道は162件・454件・986件など、記事によってバラバラの数字を出している。
2026年8月27日、FDAの公開API(openFDA)を直接照会したところ、死亡フラグ付きの報告は232件(全報告7,580件の約3.1%)だった。
FAERSは自己申告制で因果関係を示さない。「何人死んでいるか」という単純な問いにさえ、揃った答えは無い。
「セマグルチドで何人死んでいるか」という問いは、一見すると単純な事実確認に見えます。ところが、この数字を扱った記事を集めてみると、驚くほど揃っていません。162件とする記事もあれば、454件、986件とする記事もあります。同じ薬、同じ種類の問いのはずなのに、なぜここまで数字が割れるのでしょうか。
報道の数字がバラバラだった
セマグルチドの死亡関連報告数として、これまで確認できた報道の数字は次の通りです。
- 162件(2025年6月時点とする報道)
- 454件(2024年11月時点とする報道)
- 986件(2017年以降の累計とする報道)
集計時点も対象期間もバラバラで、どの記事も「何を、いつまで、どう数えたか」を明確に示していません。
一次データを直接引いてみた
そこで、報道が根拠にしているとみられるFDAの有害事象報告データベース(FAERS)を、公開API(openFDA)で2026年8月27日に直接照会しました。検索条件は「医薬品名にセマグルチドを含み、かつ死亡のフラグが立っている報告」です。
結果は次の通りでした。
- セマグルチドを含む報告の総数:7,580件
- そのうち死亡フラグが立っている報告:232件(全体の約3.1%)
この232件という数字は、報道にあった162件・454件・986件のいずれとも一致しません。同じ性質の問いを、同じ公開データベースに対して投げているはずなのに、条件の取り方だけでここまで結果が変わります。
なぜズレるのか
考えられる理由はいくつかあります。ひとつは集計時点の違いです。FAERSは四半期ごとに報告が積み上がっていくため、いつの時点で切り取るかによって数字は変わります。もうひとつは検索条件の違いです。成分名(semaglutide)で検索するか、製品名(Ozempic・Wegovy・Rybelsusなど)ごとに個別に検索するかでも、ヒット件数は変わり得ます。
たとえるなら、同じ川の水位を測っているのに、測る時刻も、測る場所(上流か下流か)も揃えずに数字だけを比べているようなものです。数字そのものが嘘というより、前提を揃えずに比較すること自体が誤りのもとになります。
FAERSという仕組みの限界
そもそもFAERSは、医療従事者・患者・製薬会社などからの自己申告を集めたデータベースです。ここに死亡が報告されているからといって、その薬が死因だったと確定したわけではありません。
- 報告は義務ではなく任意のものも多く、因果関係の医学的な確認を経ていません
- 同じ患者について、異なる報告者から重複して報告されることもあります
- 死亡時にたまたまその薬を服用していた、というだけの報告も含まれ得ます
FDA自身もFAERSについて、報告数の増減だけで薬の安全性を判断できないと説明しています。232件という数字も、「そう報告された件数」であって「死因と確定した件数」ではない、という前提を外すべきではありません。
別の薬でも、同じことが起きた
この記事を書いた約2ヶ月後、まったく同じ構造の食い違いが別の物質で起きました。闇市場で売られている未承認の実験薬「レタトルチド」をめぐる死亡報告です。
- 米CBS Newsの調査報道(2026年10月13日):FDAに提出された報告をもとに「2人死亡」と報じました
- 米ジョージア州の地元紙アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション(2026年10月15日):「2026年単年で4件の死亡」と報じました
両記事とも同じFDAの有害事象報告システム(FAERS)を根拠にしているはずです。本稿がopenFDAで直接照合を試みましたが、レタトルチドは未承認薬のため医薬品名としての構造化データが整備されておらず、どちらの数字が正確かを公開APIで裁定することはできませんでした。
セマグルチドでも、レタトルチドでも、同じことが起きています。「何人死んでいるか」という一番基本的な問いに、報道の間で答えが揃わないのは、一つの薬に限った話ではなく、FAERSという自己申告データベースの性質そのものに根ざした構造的な問題だと考えられます。
ヤバい点は?
- 本稿の232件は2026年8月27日時点の値です。FAERSは継続的に更新されるため、時点が変わればこの数字も変わります
- FAERSは自己申告制であり、因果関係を示すものではありません
- 本稿は「多い・少ない」の評価や、他の薬との単純比較を行いません
ペプチ堂管理人の本音
僕がこの記事で伝えたいのは、「本当は何件死んでいるか」という答えではありません。「何件か」という一番シンプルな問いにさえ、報道の間で答えが揃っていないという事実そのものです。
ClinicalTrials.govの登録を横断確認したら模擬試験が混ざっていた話もそうでしたが、一次データに自分で当たってみると、流通している数字が思ったより雑に扱われていることがあります。162件も454件も986件も、それぞれの記事の中では「事実」として書かれています。でも、条件を揃えて比べれば、どれも「その条件でのある時点の値」でしかありません。
数字を引用するときは、「いつの、どういう条件の数字か」までセットで見る癖をつけたほうがいい。今回、僕自身もそれを痛感しました。
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出典
- openFDA drug/event API(2026年8月27日直接照会。検索条件:
patient.drug.medicinalproduct:semaglutide AND seriousnessdeath:1) - FDA「FDA Adverse Event Reporting System (FAERS) Public Dashboard」の利用上の注意
- CBS News(2026年10月13日)、Atlanta Journal-Constitution(2026年10月15日)。レタトルチドの死亡報告数の食い違いについて、本稿でWebFetch直接確認・openFDA照合を試行(2026年10月19日)