同じ主張なのに、判決は正反対だった。半年しか離れていない
『GLP-1の保険適用除外は障害差別』という同じ主張を使った訴訟で、2026年2月にCignaは勝訴、Elevance Healthは同じ年も敗訴側で審理継続。半年ほどの間に、裁判所の答えが割れている。
執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-09-21

「GLP-1系の肥満治療薬を保険給付から除外するのは障害差別だ」という、似た形の主張を使った訴訟が米国で複数進んでいる。
2026年2月23日、Cignaに対する訴えは控訴審で退けられた。一方、既存記事で伝えたNewkirk対Elevance Healthの集団訴訟は同じ2026年も審理が続いている。
同じような理屈を使った訴訟で、結果が半年ほどの間に割れている。
「太っていることを理由に、保険会社が治療薬を給付しないのは差別だ」——この理屈を使った訴訟が、アメリカで複数動いています。ところが、同じような主張のはずなのに、裁判所の答えは事件によって正反対になっています。
勝ったケース:Cigna
既報の通り、米第1巡回区控訴裁判所は2026年2月23日、保険会社Cignaによる肥満治療薬(GLP-1受容体作動薬)の給付除外を「障害差別」とした訴えについて、地裁の却下判断を支持しました。
原告はメイン州の労働者で、ACA(医療保険制度改革法)第1557条(障害を理由とする差別を禁じる規定)に基づき、肥満が歩行・立位・睡眠といった主要生活活動を著しく制限すると主張していました。しかし裁判所は、この主張が「具体的な事実的支持を欠く、結論的なもの」だと判断しました。
審理が続いているケース:Elevance Health
一方、ペプチ堂が既存記事で伝えたNewkirk対Elevance Healthの集団訴訟は、状況が異なります。原告のエイミー・ニューカーク氏は、FDAが睡眠時無呼吸症治療薬として承認した唯一の薬であるゼップバウンドを処方されたにもかかわらず、保険会社側の薬剤給付管理部門が事前承認申請の提出自体をブロックしたと主張。2026年4月、連邦地裁のブルックマン判事は、ERISA(従業員退職所得保障法)違反を理由にした請求の一部が訴訟として成立すると判断しました。
こちらはADAやACA第1557条ではなく、ERISA(企業の従業員向け保険制度を規律する法律)上の受託者義務違反という別の法的な切り口です。
追記(2026-09-05):CareFirstの訴訟は決着していた
本稿は当初、CareFirst BlueCross BlueShieldに対する同種の集団訴訟を「係争中」と記載していましたが、実際には2026年6月10日、DC連邦地裁の判事がCareFirstとCVS Caremarkを相手取ったこの訴訟(原告Martin Hamburger、2025年9月提訴)を却下していたことが分かりました。
争点はZepbound(チルゼパチド)の睡眠時無呼吸症適応での給付除外で、原告は「除外条項自体がERISAの受託者義務に違反する」と主張していましたが、判事はこの主張を退けました。Cignaのケース(障害差別、立証不足で敗訴)とは法的な切り口こそ違いますが、結果としては同じく原告敗訴です。
一方、Newkirk対Elevance Healthの集団訴訟は本稿執筆時点でも審理が続いており、CareFirstとは決着がついていません。似た主張の訴訟でも、事件によって進行状況がまちまちである点は変わっていません。
追記(2026-09-18):これとは別の種類の訴訟でも、ハードルが上がっていた
ここまでは「保険会社が給付を拒否したのは差別か」という保険をめぐる訴訟でしたが、GLP-1薬をめぐる米国の訴訟には、副作用そのものを訴える別の種類(製造物責任・人身被害)もあります。こちらは東ペンシルベニア連邦地裁の多地区訴訟(MDL 3094)として数千件規模がまとめられていますが、2025年8月15日、胃麻痺(ガストロパレーシス)を主張する原告に客観的な胃排出検査の証拠を必須とする決定が出ていたことが分かりました。症状の訴えだけに基づく専門家意見は排除されるという内容です。詳細は速報で扱っています。
法律の型は違っても、共通しているのは「主張の形が同じでも、立証の中身次第で結果が大きく変わる」という構図です。
追記(2026-09-21):さらに別の訴訟群(視力障害)も、件数が急増していた
給付拒否をめぐる訴訟、胃麻痺をめぐる訴訟(MDL 3094)とはまた別に、GLP-1薬と視力障害(NAION、非動脈炎性前部虚血性視神経症)を結びつける訴訟群がまとめられた多地区訴訟(MDL 3163)があります。複数の法律マーケティング系トラッカーサイトが、2026年9月1日時点の係属件数として216件という数字を独立に報告しており、これは同年9月16日時点で報告されていた86件から短期間で急増した形です。
ただし今回確認できたのは法律事務所の集客サイトによる集計であり、裁判所や法律専門メディアの一次記事では件数を確認できていません。集計方法の透明性も高くないため、「そういう報告が複数ある」という参考値として扱ってください。いずれにせよ、GLP-1薬をめぐる米国の訴訟は、保険給付・製造物責任(胃麻痺)・視力障害と、少なくとも3つの別系統が同時に進んでいることは確かなようです。
何が結果を分けているのか
Cignaのケースと、Newkirk/Elevanceのケースは、実はよく見ると同じ「保険が痩せ薬を給付しない」という構図でも、使っている法律の道具が違います。
- Cigna:ADA/ACA第1557条による「障害差別」という主張 → 立証不足で敗訴
- Newkirk/Elevance:ERISA(受託者義務違反)という主張 → 審理継続中
たとえるなら、同じ「相手が約束を破った」という出来事について、ある人は「契約違反だ」と訴え、別の人は「詐欺だ」と訴えるようなものです。出来事は似ていても、どの法律の型に当てはめて主張するかで、裁判所の判断の分かれ目が変わります。Cignaの訴訟は「障害の定義」という、立証のハードルが高い型を選んだために、原告の主張の具体性が足りないと判断された可能性があります。
ヤバい点は?
- どちらの訴訟も、まだすべてが確定した最終判断ではありません。ERISA型の訴訟も今後の審理で原告が敗れる可能性はあります
- 「肥満は障害にあたらない」という一般論が確定したわけではなく、あくまでこの事件でのこの主張の立証が不十分だったという個別判断です
- 米国のADA・ACA・ERISAという、日本には存在しない法制度の話です。日本の公的医療保険の適用可否とは前提がまったく異なります
ペプチ堂管理人の本音
保険が痩せ薬を給付するかどうかは「会社の気分で毎年変わる」という話を以前書きましたが、今回分かったのはもう一段深い話です。同じ「差別だ」という主張でも、法律の型の選び方ひとつで勝敗が変わりうる、ということです。
正直、この分野はまだ判例が積み上がっている最中で、「結局どっちが正しいのか」という答えは今の時点では出ません。ただ、少なくとも「保険会社を訴えれば勝てる/負ける」という単純な話ではなく、訴訟の設計そのものが結果を左右していることは、覚えておいた方がいい事実だと思います。
関連する成分
- 「太っていることは障害ではない」 控訴裁判所がCignaの保険適用除外を支持
- 「承認された適応」のはずが、保険会社が入口で止めていた
- チルゼパチド(マンジャロ/ゼップバウンド)
- セマグルチド(オゼンピック/ウゴービ/リベルサス)
- 「つらかった」では、もう証拠にならなくなっていた
出典
- HR Dive「1st Circuit affirms dismissal of Cigna obesity disability discrimination lawsuit」(2026年2月23日)
- Bloomberg Law/Law360/Mealey’s(Newkirk対Elevance Health関連、既存記事で確認済み)
- Law360「Insurance Cos. Score Dismissal Of Zepbound Coverage Case」(2026年6月10日判決を報じる)
- Becker’s Payer Issues「Federal judge tosses Zepbound sleep apnea coverage case against CVS, CareFirst」
- Motley Rice/Lawsuit Information Center等、複数の法律マーケティング系トラッカーサイト(MDL 3163係属件数、2026年9月1日時点。裁判所・法律専門メディアの一次記事は未確認)