大量飲酒の日を41%減らした薬が、認知症では惨敗した
GLP-1系の薬が、食欲や血糖だけでなく脳の別の回路にも作用することが分かってきた。2026年、アルコール依存症のRCTでは大量飲酒日が4割減ったと報告される一方、アルツハイマー病の大規模第III相では主要評価項目を達成できなかった。同じ薬の、明暗を分けた2つの結果を整理する。
執筆:ペプチ堂管理人/最終更新:2026-09-19

「痩せ薬」と呼ばれてきたGLP-1系の薬が、脳の別の回路にも作用することが臨床試験で見え始めた。
アルコール依存症のRCTでは大量飲酒の日が4割以上減ったと報告された一方、アルツハイマー病の大規模第III相では主要評価項目を達成できず、明確な失敗に終わった。
「万能薬」という物語が、初めて大きく折れた場所がここ。効く先と効かない先が、同じ薬でくっきり分かれ始めている。
なぜこの2つを並べるのか
GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は、もともと血糖値を整えるホルモンとして見つかり、次に食欲を抑える薬として広まりました。ここまではよく知られた話です。
でも脳の中で GLP-1 受容体が働いている場所は、食欲中枢だけではありません。報酬系(快楽や「もっと欲しい」を司る回路)にも受容体があることが分かっており、ここ数年、依存症や神経変性疾患への応用研究が世界中で進んでいます。
2026年、その研究の「勝敗」がはっきり分かれる結果が2つ、ほぼ同じ時期に出そろいました。一つはアルコール依存症での成功、もう一つはアルツハイマー病での失敗です。同じ薬の、正反対の結果を並べて見るとその輪郭がよく見えます。
依存症では、大量飲酒の日が4割以上減った
2026年、コペンハーゲンのメンタルヘルスセンターが行ったランダム化比較試験(RCT)が Lancet に掲載されました。
- 対象:18〜70歳、BMI30以上、月6日以上の大量飲酒がある成人108人
- 方法:全員が認知行動療法(CBT)を受けたうえで、週1回のセマグルチドまたはプラセボを26週間投与
- 結果:直近30日の大量飲酒日数が、セマグルチド群で平均約5日、プラセボ群で約9日。減少幅で見るとセマグルチド群は41.1%減、プラセボ比で13.7ポイントの差
- 重篤な有害事象は実薬群1件・プラセボ群3件
米国立衛生研究所(NIH)傘下のアルコール依存症研究所(NIAAA)所長も共著者に名を連ねており、単なる一施設の思いつきではなく国レベルの研究機関が関心を持つ結果になりました。
たとえ話にすると、GLP-1は「もっと欲しい」を鳴らす脳のブザーの音量つまみに、複数の指がかかっている状態です。食べ物に伸びていた指が、お酒にも伸びていた——というのがこの結果の見え方です。
追記(2026-09-11):108人規模のこの結果を裏付けるような、はるかに大きい観察研究がBMJに出ました。米退役軍人省の2型糖尿病患者606,434人を追跡した研究で、GLP-1受容体作動薬を始めた人はアルコール・大麻・コカイン・ニコチン・オピオイドの5種類すべてで新規の依存症診断リスクが低下(ハザード比0.75〜0.86)。すでに依存症がある人でも、関連死亡のリスクが半減(ハザード比0.50)していました。ただしこれも観察研究であり、ランダム化比較試験のような因果関係の証明ではありません。詳細は関連記事を参照してください。
アルツハイマー病では、大きく負けた
一方、同じセマグルチドをアルツハイマー病の早期段階に使う大規模試験 EVOKE/EVOKE+(合計3,808人)は、2025年11月24日にトップライン結果を公表し、主要評価項目である臨床認知症尺度(CDR-SB)の悪化抑制を達成できませんでした。
神経炎症に関連するバイオマーカーは最大10%程度の改善が見られたと報告されていますが、それが実際の症状の進行抑制にはつながらなかった、というのが結論です。詳細な全結果は2026年3月の学会(AD/PD)で発表される予定です。
依存症では「脳の回路に効いた」ように見え、アルツハイマー病では「脳の炎症マーカーは動いたが、進行は止まらなかった」。同じ薬が、脳に対してまったく違う結果を出しました。
研究段階を並べてみる
| 対象 | 段階 | 結果 |
|---|---|---|
| 2型糖尿病・肥満症 | 承認済み(複数の第III相) | 血糖・体重への効果は確立 |
| アルコール使用障害 | 第II相相当のRCT(108人・単施設) | 大量飲酒日が減少と報告。ただし小規模で追試が必要 |
| アルツハイマー病 | 第III相(EVOKE/EVOKE+、3,808人) | 主要評価項目未達。明確な失敗 |
依存症の結果は、まだ108人・単施設の一つの試験に過ぎません。同じ規模・条件で追試されて初めて「本物」かどうかが分かる段階で、承認への距離はまだ遠いことに注意が必要です。
追記(2026-09-19):EVOKE/EVOKE+の失敗から8か月後、アルツハイマー病協会が予算1億ドルの新試験「PROTECT-Cog」を発表しました(2026年7月13日、AAIC 2026ロンドンで発表。本稿で公式発表を直接確認)。今度はGLP-1単剤ではなく、すでに効果が確認されている生活習慣介入(US POINTER試験の後継設計)にGLP-1系薬を組み合わせる設計です。「薬だけで効くか」から「効果のある土台に薬を足すとどうなるか」へ、問いの立て方が変わった形です。詳細はこちらの記事にまとめました。
ヤバい点は?
- 依存症の結果はまだ小規模。追試なしに「お酒がやめられる薬」と受け取るのは早すぎます
- アルツハイマー病の失敗は、GLP-1が万能ではないことを示す明確な材料です。「痩せ薬だから何にでも効く」という期待は、ここで一度きちんと折れています
- どちらの用途も、日本はもちろん米国でも承認された使い方ではありません。適応外使用であり、健康被害が出ても医薬品副作用被害救済制度の対象外です
日本と米国の今
| 米国 | 日本 | |
|---|---|---|
| 糖尿病・肥満症 | 承認済み | 承認済み(適応は薬剤ごとに異なる) |
| アルコール使用障害 | 未承認・研究段階 | 未承認・研究段階 |
| アルツハイマー病 | 未承認(第III相失敗) | 未承認 |
厚生労働省は2026年6月16日、GLP-1受容体作動薬について承認された効能・効果や用法・用量の範囲外での使用は安全性・有効性が確認されていないとして注意喚起する通知を出しています。依存症・認知症のいずれの用途もこの範囲外にあたります。
ペプチ堂管理人の本音
僕はこの2つの結果を見て、GLP-1という薬に対する見方が一段冷静になりました。
痩せ薬として登場してから、次々に「実は◯◯にも効くらしい」という報道が続き、正直「なんでも効く魔法の薬」みたいな空気ができていたと思います。今回のアルツハイマーの失敗は、その空気に対する最初の大きなブレーキです。効く先と効かない先が、ちゃんと分かれ始めた。
依存症の結果は面白いと思う一方、108人という数字を見た瞬間に興奮を8割くらい引っ込めるべきだとも思っています。追試で同じ結果が出るかどうかは、まだ誰も知りません。
はっきりさせておきたいのは、どちらの用途も今のところ「病院で承認された治療」ではないということです。ペプチ堂は入手先も用量も扱いませんし、適応外での使用は勧めません。
よくある質問
Q. GLP-1はアルコール依存症の治療薬として使えますか? A. 現時点では承認されていません。2026年のRCTで大量飲酒日の減少が報告されましたが、108人規模の一つの試験であり、追試による確認が必要な段階です。
Q. GLP-1はアルツハイマー病に効きますか? A. 大規模な第III相試験(EVOKE/EVOKE+、3,808人)で主要評価項目を達成できず、効果は示されませんでした。神経炎症マーカーの一部改善は見られましたが、症状の進行抑制にはつながっていません。
Q. なぜGLP-1が脳に作用するのですか? A. GLP-1受容体は食欲中枢だけでなく、報酬系など脳の複数の部位に存在すると報告されています。これが食欲以外の作用が研究される背景です。
Q. 依存症治療の目的でGLP-1を個人輸入するのは問題ありませんか? A. ペプチ堂は勧めません。適応外使用であり、健康被害が生じても医薬品副作用被害救済制度の対象外です。
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出典
- “Once-weekly semaglutide versus placebo in patients with alcohol use disorder and comorbid obesity: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial.” The Lancet. 2026.
- NIH「Adding weekly GLP-1 to cognitive behavioral therapy further reduces heavy drinking」National Institutes of Health, 2026.
- Novo Nordisk「EVOKE and EVOKE+ topline results」2025年11月24日発表
- Alzheimer Europe「Novo Nordisk announces topline results EVOKE and EVOKE+ trials semaglutide early AD」
- 厚生労働省「GLP-1受容体作動薬及びGIP/GLP-1受容体作動薬の適正使用について」2026年6月16日通知
- Cai M, Choi T, Xie Y, Al-Aly Z. “Glucagon-like peptide-1 receptor agonists and risk of substance use disorders among US veterans with type 2 diabetes: cohort study.” The BMJ. 2026年3月4日. doi: 10.1136/bmj-2025-086886(PMID 41781010)